先日、日経新聞の文化欄に掲載されていた記事を読んで、懐かしい気持ちや素晴らしいことをされていると改めて感心したので、こちらでも紹介させていただきます。
”よせがき酒場、旧縁つなぐ”
”東京・新橋、 全国の高校ごとにノート作り35年で3400冊”
東京・新橋にある居酒屋「有薫酒蔵」。
産地直送の食材を使った九州郷土料理が売りだが、もう一つの目玉は、全国の高校ごとにファイリングした「高校よせがきノート」だ。
店内には3400冊月以上がずらっと並ぶ。
青春の思い出で盛り上が旧縁をつなぐ手書きのノートは、おかみの私にとって子どものように大切な存在だ。
ノートの「第1号」は 1987年、福岡県の久留米大学付設高校だった。
九州料理の店ということもあり、同校出身者がよく足を運んでいた。
常連客から「伝言ノートがほしい」と言われて作ったのがきっかけだ。
やがて、ノートに気付いた福岡の別の高校出身者が「なぜうちのがないんだ」と対抗心を燃やすようになる。
当初は横積みにしてあまり目立たないように置いていたのだが、 10冊を数えるころから番号をつけて管理するようになった。
数年間はほとんど九州の学校だったが、東京の麻布高校出身の方が、100冊目の記念と言って作ってくれた。
だんだん全国の高校のノートが増え始めた。
ノートはB5のファイルに挟み、背表紙に校名を記して店内に並べた。
場所を確保するためにキープボトルの棚も本棚に変えた。
管理が大変で、2007年には500冊を機に終わりにしようと思っていた。
そんなある日、ナップザックを背負った一人の男性が熱心にノートを読んでいた。
「東京で頑張っていたけれど、もう田舎に帰るつもりだったんです。
でも、このノートをみたら、もう一度やってみようと思いました」。
彼の言葉を聞き、人の人生を左右する力があるなんて驚き続けることを決意した。
ファイルに学校の写真や校歌の歌詞を貼って工夫するようになった。
1000冊を超えたあたりで、置き場を確保するためテーブルを撤去。
店主の夫はうらめしそうに見ていたが、高校を取り上げた新聞記事をノートにスクラップするなど二人三脚でノートの「お世話」をした。
ノートがテレビで取り上げられてからは、新規のお客さんが急増した。
1日30冊ほど新たな高校の分を作っていた時期には、ノートが追いかけてくる夢を見るほどだった。
しょうゆのシミがついたり、名刺を貼るセロテープが劣化したり、メンテナンスにも手間がかかる。
作ったきりほとんど開かれていないノートもあるのも悩ましい。
現在は3400冊超。
全国に高校は5000校ほどあるので、7割近くをカバーしていることになる。
「あんな田舎の学校きっとないですよ」と言うお客さんに、ノートを差し出したときの目の輝かせようは、こちらまでうれしくなる。
見られるのは自分の出身校のノートだけ。
もし自分の学校がなければ、いまは1日1冊までとさせていただいているが、新たにノートを作ることができる。
ノートの「顔」になる1人目には、「書き終わるまでお酒を飲まない」「名刺を貼る」ことをお願いしている。
実は昨年1月に脳内出血で倒れた。
11月まで店に立てていなかったが、お客さんの励ましもあり復帰。
ノートとお酒を楽しんでいるお客さんの姿を見ていると、こちらまで元気になってくるから不思議だ。
SNSという言葉がない時代から始まった、アナログな交流。
棚がまた足りなくなったらどうするか、次の世代にどう引き継いでいくか。
悩みはつきないが、子どものように育ててきた宝物を守り続けたい。
(まつなが・ひろこ=新橋 有薫酒蔵おかみ)
”2023年3月15日の日経新聞より”
素敵な物語ですよね。
私も何度かこのお店にお邪魔して母校のノートを見せていただきました。
そこには随分上の先輩がいたり、後輩がいたり。
またゆっくりとお店に行ってノートを読みたいと思います。